「なにが小説を呪縛するのか」古川日出男リーディング+公開対談
古川日出男が母校・早稲田大学でリーディング。
その後には市川真人氏との公開対談。「なにが小説を呪縛するのか」をテーマに語りました。
今回は、最新巨編「聖家族」の朗読でした。私はまだ読んでいないんですけど(ボリュームがすごいんで、ちょっと落ち着いたときじゃないと・・・)、全体のストーリーを知らずとも、物語の断片からだけでも、その小説の世界をイメージすることができる、まさにライブ感バリバリの朗読でした。マイクを2本使い、歩き回りながら、ときには蹲りながら、振り絞るように、溢れ出るように、吐き出すように、いやはやエモーショナルな朗読でした。マイクの扱い方などが、どんどん技巧的になっているようにも思いました。
圧巻のリーディング後は市川真人氏を迎えての対談。テーマは古川の持ち込みで「なにが小説を呪縛するのか」。一般的に小説というのは、創作の過程、出版の過程、読まれる過程において、あらゆる場面であらゆるものから呪縛されることが、多くみられる現状。しかし、古川の小説に限っては、いつも解き放たれたものである気がします。ではなぜ古川は呪縛されないのか、という話です。
彼は紙に焼き付けられた作品を再び創作時の頭の中のイメージへと蘇らすために、朗読という行為を行っていると言いました。これも呪縛から逃れるための手段の一つだと。小説とはこういうもの、という固定観念を捨て、天から降ってきたイメージをまるでシャーマンの如く受け止め、表現するのだといいます。既存の規定の範囲内で表現をしてしまうと、なにかの拍子に周囲の環境が変わったときに、儚くも作品が死んでしまうと。だから規定の外(というよりも内や外という概念のさらに外)で勝負すると。なんだか宇宙論みたいに難しい話でしたが、そんなことをおっしゃっていました。
話を聞いていたら早く「聖家族」を読みたくなりましたが、いま読む時間あるかな・・・とりあえず買うだけ買っておこうと思います。
写真は早稲田大学近くの戸山公園。子供たちが川でザリガニを捕ってました。







