夏目漱石ゆかりの地、早稲田を散策する
先日、夏目漱石ゆかりの地、早稲田の街を散策してきました。漱石はこの早稲田の地で長い年月を暮らし、数多くの名作を執筆しました。今回は、漱石誕生の地と漱石終焉の地(漱石公園)を訪ねました。
まず東西線早稲田駅を下り、早稲田通りに出ます。コクラヤという酒屋さんの角を曲がってすぐ左手に漱石の生家跡があります。現在は牛丼屋になっており、当時の面影はまったくありません。建物に挟まれるように「夏目漱石誕生の地」という石碑だけが建っています。
漱石は慶応3年(1867年)1月5日にこの地に生まれました。生まれてすぐ養子に出され、9歳のときに再びここに戻ってきます。夏目家はこの辺りの名士で、生家の前の坂道は漱石の父親によって夏目坂と名づけられ、今でもその名のまま残っています。
漱石誕生の地を後にした私は、再び早稲田通りに戻って、神楽坂方面へ歩きました。車の通りが激しい大きな道路です。建ち並ぶ建物も新しく、漱石の面影を感じるには困難な状況です。当たり前ですが、100年の年月が街に与える変化の大きさを感じました。
しばらく歩いて細い路地へ入ります。住宅街のなかをまっすぐ道なりに行くと、漱石公園に到着です。ここは明治40年に移り住み、漱石が作家生活の多くを過ごした場所です。漱石山房と呼ばれたその家には、内田百間、森田草平、芥川龍之介らの門下生が頻繁に出入りしていたといいます。漱石山房の跡地は現在公園になっており、漱石を愛する人々の憩いの場となっています。
公園の入口には漱石の胸像が出迎えています。
これは漱石の遺族が飼っていた猫や犬の供養に建てたもの。猫塚と呼ばれていますが、「吾輩は猫である」の猫とは直接関係ないみたいです。
白いベランダには、漱石山房や原稿の写真が展示されています。
これは道草の原稿。同じところを書き直したものが5枚飾られています。漱石が何度も推敲を重ねた痕跡です。
漱石山房の書斎の写真。部屋中が本で埋め尽くされています。漱石はこの部屋の中央の机で執筆していたそうです。
公園内に展示室があります。
中には初版の復刻品や紹介パネルが展示されています。
ちなみに展示室の中に置いてある小冊子は内容が充実していてとても面白いです。
こんな感じで早稲田を散策してきました。狭い範囲ながら充実した漱石巡礼の旅が楽しめました。ちょっと歩けば神楽坂まで足を伸ばせますし、この辺りには漱石の作品に登場する場所もたくさんありますので、漱石ファンの方は一度散歩してみてはいかがでしょうか。
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